「のちに、彼女は哀音として人々に知られるようになりました。…これが、私の過去」






長い長い話の後、哀音は息を震わせた。







全てを話すことには抵抗があったはずなのに、あっさりと話してしまった。





胸にもやがかかっていたものがわずかに晴れた、そんな気持ちに目を閉じる。





「このご時世、人が殺されることは特別な出来事ではありません。それでも、私の人生を変えた者達に……家族を奪った者達に、復讐したいと思った。

それと同時に、哀れな末路を知らしめたいと思った。その為に、名を捨て、情を捨て、大切な人も捨てた」







遠くで鳴っていた風の音を近くに感じた。




気にならなかった畳のにおいも、鼻につくようになった。






前川も何も発することはなく、沈黙が支配する。







「………っ」






ためらいがちに伸ばされた手が肩を持ち、寄せられた。









傷に触らぬよう、優しく抱き寄せてきたが、ひどく驚いた。








自分は今、前川の胸にいる。恨み、憎み、傷つけたくないと思った相手の胸に。









「…、やめっ……」




「そこまで覚悟を決めたのに、何故死のうとした?己の弱さに溺れたか。それとも、哀音の中の桔梗が悲鳴をあげたか」







「………………」






「桔梗」





「私は、哀音…その名前で呼ばないで」








前川の胸を軽く押す。






「お前の中に、桔梗は生きている。そうでなければ、私は哀音に殺されている」










すぐ近くにある短刀を思い出したが、手に取るつもりはさらさらなかった。









どうしてこの人はこんなに私に構うのだろう。






人斬りで、捕まえる相手だと分かっているのに。