「……許さ、ない……」
黒くどろっとした感情が、支配する。
許さない。絶対に許さない。
痛めつけるように撥を強く握った。
「桔梗、1人で行かないで」
「…………」
「桔梗…?」
「ちょっと、あんた!勝手にここに入っちゃ困る―――桔梗ちゃん?」
おばさんの声がして振り返ると、隣りの母屋に住む花子おばさんがいた。
「桔梗ちゃんじゃないの!ああ、無事だったん!」
肩をさすられ、花子おばさんは桔梗がそこにいることを確かめているようだった。
「びっくりしたよ!2人とも亡くなって……桔梗ちゃんも楓ちゃんもいなくて、どうしたのかって大騒ぎになってね」
「………………」
『花子おばさんのところに行くのよ』
緊張した、おかあさんの声が反芻した。
「今どうしてるの?この人は?」
「……若、先生……帰りたい、帰りたい……」
震える声ですがる様に若先生を見つめた。
若先生が頷いて手を引く。
「すみません、急いでおります」
それから駿河国―――師匠のもとへ帰るまで、撥を離さず口もきかなかった。
師匠に若先生が話をしている間、鈴と撥を見つめた。
「早かったかも、しれません。泣きそうに、真っ青な顔で帰りたいというものですから、帰ってきましたが…」
桔梗は小屋の裏にある、倒れた大木の上に座っていた。
