「昔話です。…三河国(みかわのくに)の、尾張に近い町から外れた所に、村がありました。
山が近く、川が流れ空気の澄んだその村は、住人は少なかったのですが、村人全員が家族のように助け合い過ごしていました。母屋と母屋の間は遠いものの、仲の良い村でした。
そこに三味線を扱う商家がありました。三味線を作り売る父親と、三味線の稽古をつける仕事をする母親、子供は2人いました」
◆◇◆
「おかあさん、気をつけてね」
「ええ、楓のことよろしくね」
「うん!」
母が優しい手つきで頭を撫でる。
「いってきます、桔梗」
桔梗と呼ばれた幼子は、明るく頷いた。
三味線を背にして歩き村を出ていく母の姿が見えなくなるまで、手を振り見つめ続けた。
それから走って母屋まで戻る。
母屋では3つ年の離れた妹の楓がぐっすり寝ていた。
しばらく起きないとふんだ桔梗は、母屋から子供の足で四半刻(15分)かかる所にある、離れ―――父の作業場へと向かった。