「小椋義春を、覚えているか。偶然だが、あの人が妹を見つけたと」
「……そうですか……生きている…」
首にかけた紐の先についている、錆びた鈴をぎゅっと握る。
8年という歳月の中で、あの子はどう変わったのだろう。
丸く垂れた目に、髪飾りには鈴が必ずついていた。幼いながら、何かを知ることが大好きで母と父にべったりだった、妹。
「妹も、哀音が生きていることを知らないそうだ。もし、会いたいと願うなら小椋さんに―――」
「会いませんよ」
「せっかく、分かったのだろう?妹も会いたがっているのではないか」
「……わたしは、人斬りになりました。一生独りでいなければならないのに、独りでないと感じてしまえばきっと、哀音ではいられなくなる。
それに、私の手は赤く染められて……あの子を汚してしまう」
人を何十人と殺したこの手で、楓になに食わぬ顔で触れるのはこの上なく嫌だった。
"哀音"が楓に近づけば、楓に危険が及ぶ可能性は高い。大切だから、家族だから、会ってはならない。
「哀音、何故独りでないとならぬのだ。哀音とは誰だ…?そして人斬りになった理由は…?
それを知れれば、全ての答えになるはずだ」
「…………」
「踏み込むべきではないと、分かっている。ここで踏み込まなければ、私の運命も変わることだろう。
だが、私は覚悟をもって問う」
哀音は襖を見つめてから、前川の目を見た。
そして小さく息を吸うと。
「人払いを、お願いします」
そう言うと、前川は襖を開けて向こうにいる幹部に話をしに行った。
その間、静かに短刀を見つめ昔を思い出した。
母、父、楓、師匠、若先生。もう二度と会えない、大切な人達。
あの時、平和に穏やかに暮らす道を選ばなかったことは後悔していない。
人斬りとなったことも、後悔していない。
ひとつだけ、後悔するのなら。
「……、あの人に出会ったこと、か」
襖が開いて、前川が入ってきた。人払いは出来たようで、神妙な面持ちで哀音の短刀がおいてない方の傍らへと腰をおろした。