川は静かに流れ穏やかだ。月の中にいる卯が楽しそうに飛び上がるのを目にしながら橋のそばで時を待つ。
川の流れの音もも、近くに咲く花の香りも、本当は吐き気が襲ってくるほど嫌いだ。哀音は耳や鼻を覆いたくなる気持ちを押し殺してあくまで冷静に努めた。
前川に文と金平糖を送り付けたのは5日前。幼い頃遊んでいた時に父から教えてもらった、ある花の汁で字を書いた。水に浮かべると魔法のように字が出てくるので、そうすれば万が一他の人間に見られても訳の分からない文だと思われる。一言だけ書いたが、それだけで理解してくれるだろう。
理解出来なければ交渉なぞに応じるつもりはない。試しすぎかとは思うものの、前川は言ったのだ。覚悟はあると。応えると。
哀音も真実を話す覚悟は決めた。話を聞いたことで邪魔するようなら刃を交えるのみ。
口外する可能性もあるが、前川は頭を使う人だ。利害を考えてそれはないだろう。
そんなことを考えていると、一つにまとめた髪を風がさらった。
