―10月31日 23:57
止まっていた筈の時刻が動き始めた。
震え続ける携帯、画面に表示された相手の名前に戸惑い固まっていると、ぽんとハルが紫織の肩をたたいた。
「出なくていいんですか?紫織の特別な人なんでしょう」
ハルが柔らかく微笑む。
戸惑う紫織を、来たときと同じように相変わらず冷たい手で紫織の手を引き、屋敷の外へと連れ出した。
「…帰るのが、ちょっと怖い」
「大丈夫ですよ。僕もそうでした」
「え?」
「僕は、もともと紫織と同じ人間でしたから」
懐かしむようにその青い瞳を細める。
「永い時間をひとりで過ごすシノブが、あんまりにも寂しそうだったので、仕方なく彼の眷属になってあげました」
「そっかあ。そりゃ、シノブ、ハル君に頭上がんないわけだね」
「帰りたい場所があるというのは、良いことです。僕にとって、それはここなんですけど、シノブはいつまで経っても信じてくれないから困ります」
そう言って、いつの間にか涙に濡れた紫織の頬をハンカチでそっとぬぐった。
八方美人で人間嫌い、なのに寂しがりやという複雑で面倒臭い性格をしているという彼に、ハルは自らの血を分け与えることで、限りある人間の生を捨てたのだ。友人として、家族として、これからもふたり、永い時を寄り添って生きていくのだろう。
彼らといるのは楽しい。理不尽なことも、心を傷つけられることもない。
けれどやっぱり、紫織の帰る場所はここじゃない。
「紫織、最後にひとつお願いしてもいいですか?」
「なあに?わたしなんかに出来ることがあれば、何でも言って」
「あなたの世界に、持って帰って欲しいものがあるんです」

