ミッドナイトインバースデイ



 ルームシューズを脱いで、泥は拭ったものの結局傷ついてしまったルブタンをはく。

「折角仲良くなれたのに、寂しいです…」

 目元を赤くしたハルがぽつりと呟いた。シノブが、いつもと同じようにグラスを用意して赤ワインを振る舞った。こんな美味いワイン、この先飲めないだろうから。そういって馬鹿みたいに並々と注ぐのだ。

 彼らはお互いが帰る場所なのだ。この洋館でふたり、永遠の時を過ごしていく。ふたりといるのは楽しいけれど、どんなに時間を掛けたとしても決して彼らの絆には踏み込めないだろう。
 時間を過ごすほどに、増していくのは自分の居場所への恋しさと、後は――

「…幸せになりたいな」
「なれますよ、紫織なら」
「ありがとうハル君……。君を連れて帰りたい」
「はあ!?ふざけんじゃねーよ!馬鹿!!」
「冗談だし…、それに馬鹿って言うの2回目だよ。ボキャブラが貧相過ぎ。折角集めたんだから、たまには本くらい読みなよ」
「別に、俺は本なんて、」
「会いたい人がいるんなら、そこが帰る場所みたい。シノブの質問、あの時きちんと返せなかったけど、これで答えになったかしら」

 ハッとしたように目を見開いたシノブは、小さな声で"ふうん"と呟き、煽るようにワインを飲み干した。何か言いたげではあったけれど、カウチに横たえた身体は酷く気怠げであり、そのまま落ちるように眠ってしまった。血液を受け入れると満たされた満足感からか、大抵すぐに眠りに入り、暫らくは目を覚まさないらしい。美しい顔立ちは、瞼を閉じれば少し幼い。彼の身体に傍に置いてあったブランケットを掛けた。

「今、何時かしら」
「……すみません。僕にはもうその感覚はないので」
「そっか、そうだったね」

 そのときだ。
 ポケットに入れっぱなしだった携帯が鈍く震える。嘘でしょう、ずっと電源が落ちていたはずなのに。紫織は驚きに目を瞬く。