ミッドナイトインバースデイ



 折角ですから、女性が好きそうな内装の部屋にしましょう。上機嫌のハルにあてがわれたのは、ヴェルサイユ宮殿にありそうなロココ調の部屋だった。天涯付きのベッドは大変大きく、腰を落とせばふわりと沈む。

 巨大なクローゼットには、簡易ドレスから舞踏会に着れそうなゴージャスなベルベットドレスまでぎっしりと詰め込まれている。見たこともない大粒の宝石がはめ込まれたアクセサリーも無造作にガラス棚に並べられていた。

「すっごい」
「よければ、どれでも差し上げます。紫織さんみたいな、綺麗な女性に使われた方が、宝石も喜びますから」

 可愛いらしい顔をして、ハルはさらりとそんなことを言う。一瞬で顔に血が上ったのが分かる。彼は、間違いなく天然タラシだ。

「ちょっ…、ハル!!誤解させるようなことばっかり言うんじゃねーよ!」
「誤解じゃないです。本心ですよ」
「だああ、もうっ!ハルの大馬鹿!!何もわかってない」

 ぷうっと頬を膨らませるシノブに、こてりと首を傾げるハル。二人を前に、プッと吹き出してしまった。なんて微笑ましいんだろう。そんな風に思った。

 簡易ドレスに着替えて、泥だらけのルブタンを脱ぎ捨て、ヒールの無い室内シューズを借りた。ハルの言葉は嬉しいけれど、今の紫織に大粒の宝石は必要ない。

 ハルとシノブは、部屋を出る間際、ひとつだけ紫織に"お願い"した。この屋敷の最奥にある部屋にだけは入らないで欲しい。それ以外はどうしたっていいから。真剣な表情をして、そう告げた。


 鞄の中から、電源の落ちた携帯だけを取り出してポケットに入れ、階段を降りてサロンへと入る。彼らは、大抵この場所にいる。シノブがグランドピアノでソナタを奏で、ソファに寝転がったハルが口にくわえた煙草から紫煙をくすぶらせていた。

 書斎にあった古書の中から抜き出した一冊を脇に抱えて、空いているアンティークソファへと腰をおろす。書棚に並んだ本達は、どれも貴重なものばかりで本当に驚いた。現に、紫織が借りた一冊も今は亡き文豪の初版本で、最終ページにはなんと直筆のサインと共に日記のような走り書きまで残っている。