ミッドナイトインバースデイ


 橙色は、ランタンの光だった。
 濃い霧の中、紫織を待っていたのはシノブだ。暗闇に浮かぶ美貌。切れ長の二重をきゅっと細めてにんまりと笑う。

「わたしは、帰るつもりで真っ直ぐに歩いてきたのに」
「出口を遠ざけたのは紫織なんじゃないの?ハルも言ってだろ。ハロウィンナイトに向けて濃さを増す闇と、紫織の抱えるヘドロみたいなネガティブ思考が磁石みたいに引き寄せ合ってるって」
「ハル君は、そんなにムカつく言い方しなかった!」
「分かり易く言うと、そういうことなんだって」

 シノブは、肩を竦めてそう言った。

「ハルが、心配だから様子見てこいって煩いんだ。帰れないんだったら、部屋は沢山あるしうち来れば」
「…最初、人の首締めて殺そうとしたくせに」
「てっきり、"悪いモノ"だと思って。ああいう場所だから、たまに来るんだよね。お呼びでないのに」
「お願いだから、人を怖がらそうとするのやめてよね。そういうオカルト系って信じてないけど、苦手なの」
「へえ、そうなの?じゃあ、やっぱりうちは止めておいた方がいいかも」

 シノブが楽しげに口角を吊り上げる。琥珀色の瞳が妖しく艶めいた。ごくりと息を呑む。彼は人間じゃない。すとんと、それが胸に落ちた。

 ゆっくりとシノブの手をとる。ハルと同じ、体温が一切感じられない冷たい手だ。恐る恐る見上げれば、シノブは紫織の思考をあっさりと読んだのか、そのまま紫織の手首をとって自らの心臓へと導いた。

「……っ!」
「紫織の気が済むまで、屋敷にいていいよ。そんなにビビんなくたって、とって食ったりしないし」

 固まって動けない紫織を慰めるように、二度三度頭を撫でた。
 紫織は、小さく震えた唇を隠すようにぎゅっと噛みしめた。生きていれば休むことなく働き続ける心臓に鼓動がなかった。温度がないのは、どうやら冷え性だからという訳ではないらしい。