すべてを捨て去るには、色々なものを抱えすぎた。両腕いっぱいで、身動きがとれない。それなのに、他人はまだ期待という荷物を放り投げようと紫織を待ちかまえているのだから辟易する。
どこかで、たまに思う。こどもの頃のように、与えられる愛情だけを胸に、身体ひとつで旅立つことが出来れば。地図もコンパスもなくただ気の向くままに。
ルブタンのレッドヒールが、ぶすりぶすりと地面に食い込む。おろし立てなのに最悪だ。帰ったらぴかぴかになるまで布で磨こう。
自分へのご褒美と称して衝動買いだったのだけれど、すぐに後悔した。
自らの誕生日を祝うつもりで、本日初めて履いてみたものの、見事に足が痛くて仕方がない。
11センチのハイヒールは魅力的だが、これは、自分の足で歩く必要のないお嬢さまの為の靴なのだ。エスコートなんてそもそもお断りする紫織のような女とは、悉く相性が合わない。
(偶然と波長……)
痛みに眉を寄せながら、機械的に足を動かしていたところで、不意に先程ハルが言った言葉が脳裏に浮かぶ。ハロウィンナイトと満月が重なるのが偶然、であるのなら、波長の要因は紫織自身なのでは。
濃い霧の先にぽつりと橙色の光が浮かぶ。
「出口……?」
ハッとして顔を上げる。
「どうして、あなたが」
「帰りたくないなら、そういえばいいのに。ね、紫織」

