揺れて恋は美しく

高くそびえ立つビルは競うように、それぞれが芸術であるかのように堂々と構え、そこが街の中心である事をその雰囲気でもって感じさせてくれる。
そんなビルの中の一つ、いわゆる高級マンションの最上階の部屋。取っ手の無い嵌め込み型の大きな窓からは、爽快な都会の景色が一望できる。そんな部屋において、景色など楽しむ暇も無いといった様子で、携帯電話片手に鞄へ書類を詰め込む瀬野が居た。

「ああ。そっちは任せる」

忙しそうな瀬野をよそに、ベッドで眠っていた桐島が目を覚まし上体を起こす。それに気づいた瀬野は携帯で話しながら桐島に手を振り、桐島は力無く右手を上げてそれに答えた。そして、話しを終えて携帯を切
った瀬野に桐島が尋ねた。

「何かあった?」

「まぁな。仕事の話さ」

「そうか…」

「うん? どしたの?」

「いや、俺…また?」

「ああ。何時もの事だろ? ただ今回は、飲み過ぎたな」

「…すまない」

「まぁ、気にすんなって。僕は君の世話係りみたいなもんなんだから」

瀬野はそう言うと腕時計に目をやり、桐島に言葉を投げかけた。

「じゃあ、行って来るわ」

「ああ」

「学校。ちゃんと行けよ」

「分かってる」

それを聞くと、瀬野は笑顔を残して部屋を後にした。
マンションから出て来た瀬野は待っていたベンツに乗り込むと、少し強張った表情でマンションの最上階を見詰め、やがて車が動き出す。
部屋に残された桐島はベッドから出てキッチンへ向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐと、初めの一口を口の中でぐちゅぐちゅとかき混ぜ吐き出し、二口めで残りの水を一気に飲み干してコップを置いた。