揺れて恋は美しく

時刻は午前十時。
明るく暖かな日射しを受け、両腕を上げて大きく伸びをするママ。そのフリフリなレースのワンピースは、例え不幸続きで心がどん底にあったとしても、決してそれが最底辺ではない事を教えてくれるだろう。

「うーん。いい天気」

年期のはいった木造建築の建物。オヤジンと書かれた立て看板のような大きな表札からも、そこがクラブオヤジンの寮である事が分かる。
一階の一室からワンピース姿のママが出て来て、寮の玄関口で一発屁をしてドアを開けて外に出た。伸びた髭もそのままに、お尻をポリポリと掻きながら郵便受けから新聞を取りだし、その場で広げて読みだす。
寮の別の一室。整理整頓された綺麗な部屋では、美沙が支度の最中であった。化粧台へと向かうその顔はどこか楽しげである。
支度を終えた美沙が、肩からバックを抱え寮から出て来る。

「お早う。ママ」

髪を下ろし、黒渕の眼鏡を掛けたその姿は、昨夜とはうってかわって地味に見えた。

「お早う。時間大丈夫?」

「うん。まだ大丈夫」

「そう。頑張ってらっしゃい!」

「ありがと。よかったらママも見に来てね」

「私? 私はいいわよ」

「何で?」

「何でって、ほら? 私が行っちゃうと…」

「関係ないよ。私が来てほしいんだから」

「…そう? じゃあ、気が向いたらね」

「ほんと?」

「ええ。だから早く行きなさい」

「うん。行ってきまーす」

「行ってらっしゃい!」

足早に去って行く美沙をママは見えなくなるまで見送ると、新聞片手にまたお尻をポリポリと掻きながら寮へと戻って行った。

「さーてと。困ったわね…」

そこへ何処からともなく、犬の遠吠えが辺りに響いた。