揺れて恋は美しく

思い詰めた顔で歩く美沙。やがて寮に着き、帰りを待っていたように広間に居たママとレイコに出迎えられ、安堵したように笑顔を見せたが同時に涙も流れ出た。
何故だろうと自分に問いながらも、笑顔で気持ちを誤魔化し涙を拭う美沙に、ママは心配そうにしながらもとても穏やかに尋ねる。

「夕飯は?」

「…まだ」

「じゃあ、直ぐ支度するから。先にお風呂入っといで」

「うん」

美沙は階段を上がり自分の部屋へと向かい、それを見届けたママとレイコが広間に戻ると、レイコがママに疑問を投げ掛けた。

「聞かなくていいの?」

「うん。いいの」

ママはそう言うとレイコに手伝いを頼み、夕飯の支度を始めた。
携帯電話だけを持って出ていた美沙は部屋に戻ると着替えの服を用意して、思い出したようにポケットの携帯電話を出して置こうとするが途中で動きが止まり、携帯電話の電話帳を開いたかと思うと暫く悩むようにそれを見つめ、そして桐島の名前に対し消去の文字を画面に出した。

「自分でもどうかしてる…。あれは、そう言う意味だったんだ…」

携帯電話を持つ手が震えて、再び拭ったはずの涙が溢れ出る。

「いつの間に、こんなに好きになってたんだろう…」

携帯電話の画面に映る桐島の名前を、美沙は思い出を噛み締めるように見詰めて言う。

「真っ直ぐで、一生懸命で、優しくて。人見知りのようで、聞かれたら何でも答えちゃって…。…そう、嘘が無かった…」

美沙は桐島の名前を消去せずに携帯電話の電源を切った。

「桐島君の言葉を、信じてみたい」



二階から美沙が着替えを持って降りてくる。広間に居るママとレイコは足音でそれに気付くが、特に気には止めず料理を進めていると、美沙が広間に入って来て話し掛けてきた。

「ママ。レイコさん」

「なに? 美沙ちゃん」

「どうしたの?」

「うん…。ありがとうね」

「ふふ。どういたしまして」

ママのその返しの言葉に、美沙は笑顔を溢し広間を出て行った。

「ママは信じてたんだね? 美沙の成長を」

「さあ。どうかしらね」

二人もまた笑顔を溢し、夕飯の支度の続きに掛かる。
包丁を握ったレイコは気持ち良さそうに次々に野菜を切り刻んでいき、その鮮やかで軽快な動きに対しママは言った。

「まさに曲芸!」

「ピエロか私は?」

「違う違う。動物の方の曲芸よ」

「…知らないわよ」