揺れて恋は美しく

バーに残った瀬野は珈琲をお酒に変えて、ほろ酔い加減で呟く。

「何してんだろうな。最初は二人を引き離そうとして、今では応援してんだもんなぁ」

「会社。いいんですか?」

マスターが相変わらずの仏頂面で尋ねる。

「残る条件に、お見合いの成功だもんなぁ…」

「何故、そこまであの子に?」

「マスター。今日はよく喋るね?」

「いえ。申し訳ない」

「いや、いいんだ。僕も何か、話したい気分だ」

「では」

「うん。あの子、美沙は心にちょっとした傷を負ってんだけど、その原因は僕にあるんだ」

「オーナーに?」

「事故で亡くなった美沙の父親は、一人娘の美沙にではなく、新米で部下の僕にその愛情を注いでた。会社を継がせようとね」

「親の愛を知らずに、育ったのか」

「当時の僕は、社長の想いに応えようと一生懸命だった。だから、度々社長の家に呼ばれても喜んで行っていた。だがその結果美沙は、父親を遠く感じ、僕に取られたと思ったに違いない」

「それで、オーナーが原因だと」

「美沙がそれまで伸ばしていた髪を切りたいと駄々をこね、スカートよりズボンがいいと母親を困らせていた事も、全ては父親に対するアピールであり、女である自分に対しての戒めでもあったんだ」

「父親が構ってくれないのは、自分が女だから」

「そう。当時九才の女の子がだ。誰が分かるよ? そんな小さな子が、自分を責めて思い悩んでたなんて」

「オーナー…」

「僕がその事に気付いたのは、葬儀の時だった。泣きっぱなしの美沙が母親に抱かれ遺影に向かって、女の子でごめんなさいと言ったんだ。とてつもなくショックだったよ。良くしてくれた社長の死よりもね」

「そんな事が…」

「ああ。だが母親の方が、僕以上にショックを受けていたかもな。そのすぐ後、病に倒れて亡くなってしまったんだ」

「では、彼女は幼くして一人に」

「そう。だから僕は今まで、陰で美沙を支えてきた」

「彼女は、オーナーの事を」

「知らなくていい。思い出さなくていい。僕の願いは、美沙が幸せになる事だから」

「しかし、いずれ気付くのでは」

「例え気付き恨まれようとも、僕はもう迷わないよ。何があろうと、必ず美沙には、幸せになってもらう」

「成る程。よく分かりました。この私も、微力ながらお手伝いさせてもらいます」

「マスター…。ありがとう」

今宵二人は初めて深く会話をし、初めて二人で深く酔いしれた。