誰も居なくなったバーの片隅で、一人酒に酔う瀬野。
マスターはグラスを丁寧に磨いては眺め、次のグラスへと移る。

「マスター。バイト欲しい?」

おもむろに投げ掛けられた質問に、マスターは手を止めて瀬野を見詰め頷いた。

「ダメー!」

「…チッ」

「今舌打ちしなかった?」

マスターは慌てて首を振る。

「いや今絶対したよね?」

今度は激しく首を振って否定するマスター。瀬野はぶつぶつと文句を言いながら首をかしげ、再び酒を口に運び自分の世界に入る。
マスターが安堵したように一つ溜め息をつくと、それと同時に店のドアが開き一人の男が入って来た。

「よう! お待たせ」

男は瀬野の隣に座るなり、持っていたバックから書類を取り出した。

「お前の推測どおり。あれは第三者の仕業だ」

瀬野は出された書類に目を通す。

「データの改ざんか」

「ああそれも、正規のルートを介してな」

「どういう意味だ? それなら、外部の仕業とは断定出来んだろ?」

「いんや。確かに外部からのアクセスだ。ただそいつにとって、お宅のセキュリティは意味を成さないものだったって事だ」

「それは、まさか…」

「お前ん所の、親だ」

「…そうか」

「ん? あんま驚かないんだな?」

「まぁな。所謂、とかげの尻尾切りってやつか…」

「恐らくな。正直、大企業にゃよくある話だ。てめぇん所の不正がヤバそうになったら、子会社に問題を起こさせ、混乱に乗じて有ること無いこと全部背負わせ潰しちまう。まぁ、それも生きる知恵だわな」

「ああ。そうだな」

男は立ち上がると瀬野の肩に手を置き言った。

「どうだ。これを気にうちにこないか? お前さえ良ければ、それなりの待遇で迎えてやるが」

「ありがと。考えとくよ」

「そうか。じゃあな」

「ああ。すまない」

男は店から出て行った。
頭を抱え伏せる瀬野を見てマスターは、黙って新しいお酒を作り差し出す。それに気付いた瀬野はマスターを見て、マスターは仏頂面のまま瀬野にウインクをした。

「ん?」

瀬野は片方の眉を上げて不思議そうにマスターを見ながらも、出されたお酒を口に運んだ。

「かぁー! きっつ!」

アルコール度数が高かったようで、瀬野は悶絶する。

「ったく。気が利くねぇ」

マスターは返事のように親指を立てて、再びグラス拭きへと戻った。