人通りの多い駅前にして、一際目立つ人の列。
洒落た雰囲気のカフェの前に並ぶ人の列に、桐島と美沙の姿があった。

「なんかゴメンね」

「ん? いいよ」

「でも…。やっぱり、別の所に行こっか?」

「俺は別に、君が居れば何処でもいいけど」

「そう? じゃあさ、桐島君のお薦めの店行こうよ?」

「お薦めかぁ…。一つしか思い浮かばないんだけど」

「えっ、どこ?」

「大学の近くなんだけどさ」

「うん」

「昼は洋食屋で、夜はバーをやってる変わった店なんだ」

「そんな店あった?」

「ああ。店自体は十年ぐらい続いてるらしい」

「へぇー。知らなかった」

「どうする? そこでいいなら、案内するけど」

「うん。行ってみたい」

そして二人は列から離れて大学方面にある洋食屋へと向かった。



店のドアが開き、瀬野と女性が入って来る。
テーブル席とカウンター席があるが、瀬野は迷わずカウンター奥へと座り、その隣に女性も座る。

「なにここ? バー?」

「あぁ、夜はな」

「夜は…? 昼間は何なの?」

「美味しいレストラン」

冗談ぽく笑顔で言う瀬野に、女性は不信感を露に尋ねる。

「ほんとに? お酒飲ませて酔わそうとか考えてないよね?」

「君はほんと鋭いな」

「帰る」

「だぁ、待った待った! 冗談だって冗談!」

「次、変な事言ったら帰るから」

「分かった分かった、分かったから。例の話し、聴かせてよ」

仏頂面のマスターが何も言わず瀬野と女性に珈琲を出す。

「僕の奢りだ」

女性は一つ溜め息を入れて言う。

「いいわ。話してあげる」

「よかった。じゃあ、まず」

「その前に」

「ん?」

「私は君じゃなくて、真希(まき)。石田真希だから」

「石田真希? どっかで…」

「そっちは?」

「僕は」

瀬野は上着の内ポケットから名刺を出して、真希に手渡した。

「瀬野正樹。こう見えて、一応社長なんだよねぇ」

「あっそ。社員が可哀想ね。ぐうたらな社長で」

「皆承知してるから大丈夫。だいたい社長の仕事なんて事務的なものばかりで、事務員を雇ったら会社でする事なんて殆ど無くなってしまうんだ。今は定例会議に接待、そして後始末。それぐらいだな」

「はぁ、気楽でいいわね?」

「そうでもないさ」

瀬野はカップに手をやり軽く回すと、ゆっくり口元に運び珈琲を飲む。それを見ていた真希も珈琲の入るカップを持ち、ゆらゆら揺れる水面を見詰めながら言った。

「何しに来たんだっけ?」