多くの人が行き交うその場所で、街のシンボルとして待ち合わせの目印として堂々と建つ、とても長い髭の大きな猫の銅像。台座に刻まれる名は、居座りのソラ。
ソラが銅像になるたる由縁はその生きざまにあった。
具体的に述べると、ソラは野良猫であり決して誰にもなつく事はなかったのだが、ある日の事。とある老夫婦のお婆さんがその生涯に幕を閉じ、残されたお爺さんは嘆き悲しみ生きる気力を失っていた。そんなお爺さんを周りの人達も気にかけ、いつもの時間縁側に腰掛け寛ぐお爺さんを確認しては話し掛けていた。が、二つ並ぶ座布団の一つが全く形を変えなくなった事に、それが揺るぎない事実であり現実なのだと言う事を実感し、いつしかお爺さんは縁側に姿を見せなくなった。心配した近所の住人は家に赴くものの、お爺さんは姿を見せず力ない返事だけを送り、それだけを頼りに引き返すしかなかった。
朝陽が昇っても、やつれたお爺さんは寂しげに縁側を見るばかり。それが新たな習慣になろうとしていたが、その日お爺さんは座布団の一つに変化がある事に気付く。
久しぶりに近付く縁側にヒラヒラと舞う光る物。それはゆっくりと落ちていき、まるで座布団に腰掛けるようにそこへ降りた。
お爺さんは辺りを見渡すが誰もいない。もう一度座布団に目をやり、失いかけた何かを思い出し微笑んだ。
翌日、お爺さんはいつもの時間いつもの縁側に居た。誰かを待つようにじっとそこに居た。すると何処からともなく白く大柄な猫が現れ、お爺さんに見向きもせず、よたよたと歩いてもう一つの座布団に上がり寝転んだ。
お爺さんは笑顔を溢し、用意してあったいつものお茶をすする。
次の日も、その次の日も縁側にはお爺さんと猫の姿があった。近所の住人もその光景に安堵していたが、一抹の不安を口にする者も居た。
その猫は野良猫で近所ではソラと呼ばれ慕われていた。人にはなつかない事でも知れていたソラだったのだが、何故か老夫婦の元には度々訪れてはお婆さんの膝の上で眠るという、少し変わった猫であった。
それの何が不安なのかと言うと、ソラはお婆さんが亡くなったその日事故に遭い、それ以来誰も姿を見なくなり、皆は口を揃えてソラは死んでしまったと言っていたからだ。
あそこにいるソラは幽霊じゃないのか、お婆さんが乗り移ったんじゃないかと不気味がる。だが時期に想い知らされる。それが全くの邪推である事を。
その日もソラはやって来た。よたよたと歩き座布団へ寝転ぶ。穏やかな時間が過ぎ、夕暮れにお爺さんは満足したように腰を上げるが、いつもなら同時に起き上がるソラがそこから動かない。お爺さんは心配そうにソラの名を呼び、ソラはそれに答えるようにゆっくり起き上がり、お爺さんは安堵の表情を浮かべてソラが去って行くのを見守る。そして気付く。かつてはお婆さんの定位置であり、今ではソラの物となったその座布団に大きな染みがある事に。
夕暮れの赤い明かりが変色した座布団を照らし教える。お爺さんは暫し動けず立ちすくみ、そしてまた座布団に腰を下ろし言った。「もう大丈夫だ」と、笑顔を浮かべながら。
翌日、ソラは現れなかった。
いつものように縁側で寛ぐお爺さんの隣にはもう一つの座布団は無く、お爺さんはいつもより早く切り上げ外へ散歩へと繰り出し、近所の人達と楽しげに会話を交わしては笑顔を溢す。それが、新たな日課へと
なっていた。
一人の老人を救った野良猫。こうしてソラは銅像となり、今も多くの人に慕われているのだ。

「へぇー。知らなかったぁ」

銅像の説明が思いの外長くなり、美沙が既に到着していた。黒渕眼鏡に、やはり地味な格好の美沙。

「ソラのようにはなれないが、俺も君をずっと見守っていたい。出来れば、君の傍で」

銅像を見ていた美沙がさっと振り返り言葉を無くし立ち尽くす。それを物陰から見ていたルカが怒り混じりに言う。

「何考えてんだあの野郎。あれじゃまるで、プロポーズじゃねぇか!」

「まぁ、落ち着いて。バレちゃうでしょ?」

会って数分後の、プロポーズにも似たその告白に、美沙はどう返すつもりなのか。用意してきたであっただろう言葉が出ずに、真っ直ぐに見詰めてくる桐島から目が離せず固まってしまっている。