「ワン・ツー・スリ!!」
美沙の掛け声をきっかけに、いよいよ演奏が始まった。
「レイコ。私のギターテクニック…とくと見な!!!」
ルカの奏でる格好いいリフに美沙のドラムがテンポを刻み、玲美のベースがリズムを生み出し、由依の歌が世界を拡げる。
「すげぇ!」
「ふん、やるじゃない」
圧倒的な存在感を示すルカの演奏が皆をひっぱり、由依の歌を決して邪魔する事なく主張するそのメロディーは、素人とは思えない程とても洗練されたものであった。
沸き起こる歓声など知るよしもないといった様子で、ステージ袖に一人佇む女性。
「何で私じゃないのよ…」
女性は鉄組の柱をぎゅっと握りながら、ステージ上の美沙を鋭く睨み付けていた。
「アイツさえいなければ…」
「君、何してんの? それさ、倒れたらまずいと思うんだけど」
何処からともなく現れ、女性に注意を促す男は瀬野であった。
突然声を掛けられた事に女性は驚いた顔で一度振り向くが、直ぐに瀬野から顔を背けてまたステージへと目をやった。
「彼女が消えれば、君は幸せになれるのか?」
瀬野の言葉に女性は目を泳がせる。
「違うだろ?」
また鋭い目付きに戻る女性は、振り向き瀬野を睨みながら言う。
「何が違うの? アイツが居なければ、彼はきっと私に振り向いてくれるはず!」
「…愚かな」
「何ですって?」
「それだけの美貌を持ちながら一人の男に固執するなど、勿体ないと思わないのか?」
「な?! 別に、あなたに関係ないでしょ? それに私は一途なの」
「一途か…それはいい。ますますいい女だ」
「はぁ!? なに言ってんの?」
「俺は好きだけどな。一途な女」
「別にアンタに好かれても…」
腕組みをして目線を反らす女性。
「照れるなよ」
「照れてないわよ。自意識過剰なんじゃない?」
「そうかなぁ?」
瀬野が女性にぐっと顔を近付け、それに気付いた女性が振り返り声を上げる。
「キャッ! ち、近い!」
「ハハハ! わるいわるい。照れた顔が見たくてな」
「だから! 照れてないって言ってるでしょ!」
瀬野は笑顔のまま女性をじっと見詰め、当初とは明らかに違うその表情を確認すると頷いた。
「今の君なら大丈夫だ」
「えっ? 何が?」
「今の君なら、その彼もきっと見てくれるはずだ」
「今の、私なら?」
「さっきまでの君は、目付きは鋭くとても殺伐としてたからな」
女性は顔を曇らせ少し視線を落とし言葉をのむ。
「好きな奴に、見せられる顔じゃないだろ?」
「えっ…。多分、見られたくは、ないかも…」
「ふふ。素直でいい子だ」
「何か馬鹿にされてるみたい」
そう言ってふて腐れたような表情をする女性に瀬野がそっと手を伸ばして、その女性の頬に優しく触れた。
「馬鹿になんかしてないさ」
不意をつかれた女性は動けず、困惑した表情を見せる。
「君はとても魅力的で美しい」
「なに…?」
「その魅力に気付く為にも、色んな恋をしたほうがいい」
「えっ…」
「例えば、年上のイケメンとか」
それを聞いた瞬間に、女性は目が覚めたように表情を変え瀬野の手を下ろした。
「もしかして、ぐどいてます?」
「ハハ! バレたか!」
あっけらかんに言い放つ瀬野に女性は笑顔をこぼし、二人は顔を見合わせて笑った。
