揺れて恋は美しく

野外にセッティングされた大掛かりなステージでは既に演奏が始まっており、学園祭の域を越えているように思えるそのステージの袖では、眼鏡を外した美沙達が緊張の面持ちでその時を待っていた。

「じゃあ頑張ってね。ママ達客席で見てるから」

「うん!」

ママ達が居なくなると美沙達は円陣を組み、高らかに言葉を発して気合いを入れる。そして美沙は御守りをぎゅっと握りしめた。
立ち見の客席側へとやって来たママ達三人は、ぐいぐいと進むレイコの強引な陣取りにより、遅れて来たにもかかわらず最前列で観戦する事となった。

「やり過ぎだろ…」

当然周りの観客達は、三人を冷ややかな目で見る。その事に対し、帽子を深めに被る桐島が愚痴るのも当然かも知れない。


その頃、常に人が行き交う大学の前に一台のタクシーが止まり、中から瀬野が降りて来たのだが、これまたさっきまでとは別人であるかのように、実に穏やかな表情をしていた。


再び野外ステージへ目をやると、最前列で異様に盛り上がっているママとレイコを、桐島は呆れ顔で見ていた。

「出番まで持つのかよ…」

「当たり前や!」

レイコの言葉にビクッとする桐島。彼は今一体何を思っているのだろうか、溜め息が止まらなくなっている。

「そういや、アンタさ!」

「えっ、なに?」

レイコは突然変な踊りを止めて桐島に大声で尋ねた。

「美沙の名前、呼ばないよね?」

「それ! 私も気になってた」

「マコはあだ名で、美沙が本名なのよ!」

「知ってる!」

「じゃあ何で?」

ここまで大きな声でやり取りしていた桐島だが、レイコの質問を受けて真面目な顔をすると、レイコを
引っ張るようにして最前列から離れ
て、音は聴こえるが誰も居ないステージ横のスペースへ行き、真っ直ぐな目で二人を見て話し始めた。

「彼女の名前は初めて会った時に聞いた。で、その時言ってたんだ。自分の名前が好きじゃないって」

「えっ?」

「だから、どう呼んでいいのか迷っちゃって…。まぁ彼女は、全く覚えてないみたいだけど」

「ちょっと待って…。一目惚れだって言ってたよね? 惜しげもなく」

「ああ。聞かれたから」

腑に落ちない様子で見合うママとレイコ。その光景を桐島は不思議そうに見ていた。

「桐島君。アンタ何時から美沙の事好きなの?」

「何時からって? 初めて会った時からに決まって」

「だからそれはいつ!!」

レイコの迫力に一歩下がってしまう桐島。その時ママは自分の口を両手で塞ぎ、何かを必死に堪えているようであった。

「しょ、小学四年の時」

「小学四年ですってぇー!!」

それを聞いてママは口を解き放ち、驚きながら言う。

「それからずっと好きだって言うの!?」

「うん、まぁ…」

「ハンパねぇぇー!!!」

驚愕するおねぇ二人は叫んだ後むせてしまい、やがて呼吸が整うと更に話しを続けた。

「四年て言ったら、丁度転校して来たときよね?」

「ああ。でも、俺もすぐ転校しちゃったからなぁ」

「いやいや、覚えてなくても仕方ないわよ」

「それに、その当時はまだ自分の事が嫌いだったからね。あの子」

「嫌いだった?」

「うん。色々あってね」

そしてその時ステージから音が止み、控えていた美沙達がステージ上へと姿を現した 。

「行きましょ。今度ゆっくり話してあげるから」

ステージへ向かうママとレイコに黙って付いていく桐島。