世が更け賑わいを増す繁華街。
多くの店が連なる中に、クラブオヤジンという店があった。いわゆる、おねぇと呼ばれる者達が働く店である。
そのクラブのホステスとして働く従業員の中に、髪を盛り束ねて艶やかなドレスを着飾る、他の者とは明らかに違う、一見して女性と見える者がいた。
彼女は今日も馴れた様子で笑顔を振り撒き男を惑わす。

「美沙(みさ)ちゃん、ご指名」

少し髭の生えかかったママが耳打ちをし、美沙は名残惜しそうな顔で男を見て立ち上がろとするが、男は食い下がるように美沙の腕を掴んで離さない。

「美沙ちゃーん」

「駄目よ。美沙ちゃんはそういうんじゃないんだから」

「うるせい! くそジジイ!」

「まぁ! 酷い!」

ママは目に涙を浮かべて、店の奥へと走り去ってしまった。

「お客様!」

美沙は腕を掴む男の手を強引に振りほどき、明らかな怒りを滲ませ男を睨み付ける。

「なんだよ? 客だぞ俺わ!」

一瞬にして静まり返る店内。美沙の身体は震えていた。

「なぁ、ほら、座れよ」

再び美沙の手をとる男に、美沙は怯えた様子で抵抗する。

「…誰か」

美沙の横を通り過ぎる脚。

「足?」

伸ばされた脚はガラスのテーブルを越え男の顔面へと辿り着く。

「ぐぎゃあー! やく…が…」

悲鳴と共に崩れ落ちる男。
騒然とする店内。
美沙の手を引き店を出る彼は、美沙より少し背の高い短髪の青年であった。

「ちょ、ちょっと待って!」

「うるさい」

「えっ?」

美沙はキリッと表情を変えて立ち止まり踏ん張ると、強く握られていた彼の手が離れる。

「助けてくれたのは嬉しいけど」

「ちっ…」

「な、なによ?」

「面白くねぇ」

「はぁ?」

彼は美沙に背を向け、何事も無かったように立ち去る。呆気にとられていた美沙はふと我に返り店へと戻った。