「それとも、貴方がた家族が幸せそうに暮らす姿を私に見せ付けて、私の愚かさを思い知らせたいんですの?」

「美月、お前っ…」

美月は突き当たりの窓に寄り掛かると、後ろ手に硝子戸を開け放った。

「さようなら、周様。これ以上…貴方の前で醜態を晒したくない――」

「!美月やめろっ!!」

此処は邸の四階だ。

だが周が引き留めるより早く、美月は後方に体重を掛けた。

伸ばした周の手を掠めて、がくんと美月の身体が眼下に落下してゆく。

真下には、邸の周囲に巡らせた水路がある。

美月の姿はその跳ね上がった水飛沫の中へ消えた。

「くっ…!」

すると、騒ぎに気付いた使用人たちが数人、ばたばたと駆け付けてきた。

「旦那様?!」

「今の音は一体…!」

そのうちの一人に、周は窓辺に手を掛けて俯いたまま小さく指示を出した。

「すぐ庭に人を遣ってくれ。美…いや、薄暮の間諜(かんちょう)が水路に逃げ込んだ」

「は…はいっ」

すると、現れたときと同じように慌ただしく使用人たちは走っていった。