「…ただいま、母さん」

眠り続ける愛梨の傍らで、陸は小さく声を掛けた。

「帰ってくるの…遅くなってごめん。待ちくたびれたよね」

いつも定期的に入れ替えられる花たちは、悠梨が自分を捜すために他国へ出向いた先から贈って来てくれていたらしい。

沢山の花に包まれたこの寝室の中で、陸は独り言のように言葉を続けた。

「母さん」

記憶に残る、母の優しい声。

その声が返事をしてくれることも、陸の名前を呼んでくれる
こともない。

自身の掌を、記憶の中のものより小さくなった愛梨のそれと重ねても、握り返してくれることもない。

「俺は此処にいるよ?父さんも兄さんも悠梨さんも、みんな傍にいるよ」

やっとまた母の元に戻ってくることが出来たのに。

四年前から母の時間だけは止まったままだ。

自分が、母の傍から引き離されてしまったために――

「かあさん…」

言葉を紡いでいくうちに、段々と声が上擦る。

「目を、あけて」

自然と溢れる涙を抑えることが出来ない。

零れ落ちた涙の雫は、はらはらと雨のように陸と愛梨の掌の上へ降り注いだ。