「…あたしだって、あの女を一発殴ってやりたくて仕方ないよ」

「え……」

普段は何事にも飄々と笑っている母が、不意に珍しく苛立ったように低い声で呟いた。

「あたしから旦那と息子を横取りして、さぞご満悦かと思いきや…あんたの両足に余計なおまけまで付けてくれちまって」

そしていつもとはまるで異なる、優しげな仄の手にそっと髪を撫でられた。

「…如月のこと、か。でも母ちゃん、俺のことは全然い…」

「…良かないよ、ふゆ。丈夫なふゆと病弱だったはるとで、あんたからして見れば扱いが違うように感じてたかも知れないけど。充もあたしも、はると同じくらいあんたが大切なんだ」

「…母ちゃん」

いつになく真摯な碧い眼に見据えられ、風弓は凍り付いたように静止した。

普段は温厚で争い事を好まないのに、母の反対を押し切って単身月虹へ向かおうとした父。

父や自分が月虹へ向かうことを断固として反対し、家族全員で月虹の追っ手から逃げようと言っていた母。

二人とも、それぞれのやり方で姉を守ろうと覚悟を決めていたことには気付いていた。

だから自分も自分が出来るやり方で、二人と対等な立ち位置で姉を守りたかった。

けれどそのことに必死で、両親が姉と同じくらい、自分のことを大切に守りたいと願ってくれていたことにずっと気が付いていなかった。

「母ちゃん…俺はさ、姉ちゃんが病弱なのは、俺が悪いんだって思ってたんだ」

「ふゆ」

「だって姉ちゃんとはあまりにも対称的過ぎるくらい、俺は昔から丈夫だったろ?だから母ちゃんの腹の中で、俺が姉ちゃんの元気まで吸い取っちまったんだってずっと思ってたよ」

その代わりに、姉は悪い病気やそれに負担を掛ける未知の能力までも一手に引き受けてしまったのだと。