周は小さく溜め息を落として黙り込んでしまったが、やがて窓の外へと視線を向けたまま唸るように低く呟いた。

「………もしもお前の身に危険が迫ったら、すぐ助けを向かわせるぞ」

「…わかった」

周は苛立ったように懐から煙草を取り出すと、火を点けようとして踏み留まった。

「…もう行け、匂いが移る」

昔から周はこの仕事部屋でしか煙草を吸わない。

…愛梨曰く前妻を失ったときから喫煙を始めるようになり、自分が生まれる前に禁煙を試みたものの失敗したらしい。

その代わりに絶対に家族には煙を吸わせないとして喫煙場所を限定し、此処に家族がいるときは決して吸わない上、喫煙後は必ずその際に着ていた服から着替える程の徹底振りだ。

だから陸は、周が喫煙する姿を数える程しか見たことがない。

「陸?何してる、早く…」

陸はなかなか自分が立ち去らないことに訝しむ周の背を捕まえて、そのまま頬を擦り寄せた。

「俺、実は結構好きなんだよね。この匂い」

「………」

周は小さく溜め息をつくと、今日だけだぞ、と呟いて煙草に火を点けた。





燻(くすぶ)る思案と薫(くゆ)る紫煙 終.