「ううん。俺、冬霞に行くよ」

「なっ…」

予測はしていたが、そう告げた瞬間に周は大きくかぶりを振った。

「駄目だっ…!獅道の人間がどれだけ霊奈の人間を敵視してるか、お前は知らないんだ…その一族が大勢集まる場所なんかに、一人で行かせられるか!!」

「…うん。滅多に他人を貶さない父さんが其処まで言うんだ、多分相手は俺の想像以上に手厳しい相手なんだろうなって思うよ」

周は身を預けていた椅子から立ち上がると、仕事机に拳を強かに叩き付けた。

「其処まで解ってるんだったら、考え直せ!!」

「…でも俺も、その獅道の人間であろう香也がどれだけ俺のことを敵視してるかは知ってる。…その香也が、晴を守るために俺と協力したんだ。もし香也が晴に好意を持ってるとしても、それだけで俺に手を貸すだなんて思えないよ」

「…じゃあ、霊奈との確執よりも晴海ちゃんを優先する理由が、獅道にあるってことか?」

「俺にはそう、見えたよ。それに獅道の当主だって、よっぽど卑怯者でない限り条件に従えばちゃんと協力してくれるんじゃないかな」

「まあ…確かに現当主は、互いの確執抜きに人柄を見れば不誠実な人ではない、がな…冬霞の統治も安定してるし」

周は困り果てた様子でがしがしと髪を掻き混ぜる。

「…実際に本人と逢ったことのある父さんがそう思うんなら、俺はそれを信じるよ」

周はつらそうに目を細めて、ふいとこちらに背を向けた。

「…父さん、いつも悩みの種ばっかり増やしてごめんなさい。だけど今回のことはやっぱり、俺が自力で何とかしなきゃいけないことだと思うんだ」

いつもいつも、自分は父を困らせてばかりだ。

兄のように、父の頼れる息子となるにはまだまだ程遠い。

だからこそ冬霞へ一人で行くことは、前へ進むための良い機会だと思う。