――扉が開いて、誰かが部屋に入ってきた。

そのままゆっくりと、こちらへ歩いてくる足音が響く。

「…やあ。お早う、陸」

部屋の隅に置かれた寝台の上で蹲っていた少年は、名を呼ばれてゆるゆると顔を上げた。

傍らに立った男性の――眼鏡越しに覗く薄氷(はくひ)色の瞳を陸がじっと見つめると、相手は冷たい氷とはまるで真逆の柔らかな笑みを浮かべた。

「どうした?今日は機嫌が悪いね」

陸の面差しはずっと無表情のままであったが、それでもこの男性にはその感情の起伏が明確に伝わっているようだった。

若しくは、男性にはほんの僅かな変化も見抜く力があるのかも知れない。

すると陸は緩慢な動作で、敷布の上を這うように彼の傍へと近付いた。

「陸?」

「………こわいゆめ、みた」

「…そうか。いつもの黒い影の夢?」

男性の問いに陸はこくりと頷いて、憂いを含んだ視線を落とす。

すると男性は徐(おもむろ)に陸の頭に手を触れた。

「!」

陸が顔を上げると、そのまま大きな掌にやんわりと髪や頬を撫でられる。

「大丈夫、大丈夫だよ。何も怖いことなんてない」

柔らかな口調と優しい掌に宥められ、陸は幼い子供のようにゆっくりと眼を瞬いた。