倫敦市の人々

フミはというと、ジャックを連れて椎奈の花屋に向かっていた。

「……」

ジャックの姿を見た面々は、絶句せずにはいられない。

記憶を取り戻した事で、見境なしに襲い掛かる、文字通り狂犬と化していたジャックが、今では初めて出会った時のような理性的な態度に戻ってしまっている。

しかも。

「お前達は俺が何者か知ってるのか?」

椎奈やユヤの事は、またも完全に忘れてしまっていた。

「ジャックさん、私です、椎奈です、覚えていませんかっ?」

「よぉ兄ちゃん、ユヤだよっ、倫敦橋の下で会っただろ?忘れたのかよっ」

椎奈とユヤが語りかけるものの。

「ジャック…それが俺の名前なのか…」

ジャックは思い出す気配すら全くない。

クゥン…と、ロンが悲しげに鳴き声を上げて、ジャックの手を舐めた。

「人懐っこいシェパードだ…」

ロンの頭を撫でるジャック。

一度は彼の命を救ったロンの事さえ、ジャックは忘れてしまっていた。