夕暮れ時。

 日はすっかり落ちて。
 きっと、お天道様も、俺の行く末を見守ってくれているはずだろう。
 その夕日を背中に受けながら、俺は、残り少ない煙草に火を点け、その煙りに静かに目を細めて見せる。

 すると、

「マサ兄ィィィィィlっ」

 と、俺を呼ぶ聞きなれた声。
 その声の方に静かに目を移すと、

「お鍋なんか持ってなにしてんの?」

――なにい?

 やな奴に見つかった。
 こいつは、最近野球を始めた隣のうちのクソガキだ。
 球拾いをしながら、俺に駆け寄ってきやがった。

「うるせーーっ、シュウ!なにサボってんだ。早く、練習に戻れっ」
「サボってなんかないやい!ちゃんと球拾いしてるんだ。ってより、マサ兄こそ、こんなところで何やってんだよ。おばちゃんに言いつけるぞ」

「なんだと?てめえーー、お前の三輪車、空気抜いといてやるから覚えとけよ?」
「三輪車なんかもう乗ってないやい!マウンテンバイク買ってもらったんだからな!僕が使ってた三輪車、欲しかったらマサ兄にやるよ」

「なんだと、こら、てめえー三年生の分際で、誰に向かって生意気な口きいてんだこらっ」
「マサ兄にだよっ」

「てめえ、コノヤロ、そっから出てきやがれっ」

 俺は、思わずフェンスに食らいつく。
 すると、

「シュウ!誰と喋ってんだ!早く戻ってこい!」

 監督と思しき、グラサン中年おやじに叱られ、まだ、球拾いしかさせては貰えない※三下(さんした)野球少年シュウは、今にも、ずり落ちそうなユニフォームのベルトを握り締めながらダイヤモンドに戻っていった。

「ちっユニフォームに着られてんじゃねえよ」

 俺は、そう言ってフェンスを軽くひと蹴りすると、チラチラと灯し始めた赤ちょうちんに向かって歩き出した。


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※『三下(さんした)』意味

 博打打ちの仲間で、「三の目より下の場合は勝ち目がない」ということから、取るに足らない者、下っ端の者を現す言葉

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