だけど……ずっと屈んでいるわけにはいかないし……私は思い切って顔を上げると彼はニヤニヤ顔のままだ。立ち上がってカウンターの中に戻ろうとすると腕を掴まれて引き寄せられた。


「……ッ!」


 ニヤニヤした顔が目の前に。視線が絡むその刹那。唇と唇がふれあいそうになり、また震える。一瞬、息を飲んだがすぐに彼の胸を強く押した。何をされるのかと思ったけど呆気なく離れるビーグル犬。



「あッ! 火伊さん! 勝手にやめてよ! 返して!」


 彼の目的は。彼がしたかったことは。私のスマホの番号とメアド。まだ使い慣れていない私のスマホをいとも簡単に操作するのはやはり若いからできるのか。


 ……ってそこじゃない! 彼は私に近づいた隙に私のエプロンのポケットに入ったスマホを抜き出していたんだ。


「だって由比子さん、全然番号もメアドも教えてくんないんだもん」