「ん?」

 不意に顔を上げると商品カタログを広げて説明しているはずのビーグル犬の顔が間近にあるので驚き仰け反った。


「ち、近いよ! 火伊さん!」

「あ、惜しい。もうちょい気づくの遅かったらチューできたのに」


「なッ!」


 カウンター越しの彼は悪びれもせずニコリとする。35歳と言ってもそこは純情なんだ、私は。見た目が派手なので声を掛けられることはよくあるが、『どうせ遊ばれるんだ』と思うと一歩先に進めない。


 『チュー』と言われて過敏反応してしまった私は思わず自分の口を押さえる。だけど赤面した顔までは隠せない。


 何かを企んでいる火伊さんからカウンターを挟んでいるにも関わらず距離をとった。


 ……だけど何もしない。彼はニヤニヤするだけで。