父から聞いていた話では、彼は「週1~2回くらいのペースで習いたい」と言っていたはず。
なのに、いつも帰り際に、彼は靴を履きながらこう聞いてくる。
「麗子さん、明日は空いていますか?」
その言葉を聞くたび、私は戸惑った。
彼と会う時間が増えていく。
毎日と言っていいほど頻繁に通う彼を、どう受け止めればいいのかわからなかった。
私と彼は、華だけで繋がっている。
彼にとって、私は華道の先生でしかない。
それ以上のものなどないことはわかっているけれど、私は教えている最中も彼を男として意識することが多くなっていた。
「よかった。じゃあ、明日も教えてください」
無邪気な笑顔を見せて、帰っていく彼。
玄関で見送っていた私は、毎回、「空いている」と答えたことを後悔していた。
「出来るだけ、会わないほうがいい」と思っているくせに、「明日も会える」と彼が来ることを楽しみにしている自分がいる。
これは、彼を好きになっていることを自覚し始めた頃の話。
今、あの時のことを思い返してみると、彼はそんな私の気持ちに気がついていたのかもしれない。
「明日」を断れない私を、どんな目で見ていたのだろうか。