黒百合(書籍「恋みち」収録作品)

あんなに愛おしいと思った彼に「憎い」という感情を持つなんて思ってもいなかった。
こんな風に変わってしまった自分をおぞましく思う反面、どこか清々しい気分に満たされている。
だが、その歪んだ感情は、私の体を心配した父の話で一気に崩れ落ちていく。
「この間から調子が悪そうだな。1度、病院へ行っておいで」
昨夜、食事を抜いたことを気にして、父は私の部屋へ訪れた。
体に染み付いた臭いは昨日よりも強くなっていて、私は父に気づかれないよう、布団に包まっている。
「誰かのお葬式?」
喪服を着た父を見た私は、布団で身を隠しながら体を起こす。
すると、父は重い表情をして視線を下げていく。
「……あぁ、桜田のお嬢さんが亡くなったそうだ。誰かにしめられたような跡が、首に痣となって残っていたらしい」
「昨日、うちへ来たときは元気そうだったのに」と呟きながら、父は扉を閉めていく。
1人になった私は布団からゆっくりと両腕を出し、2つの手のひらを恐る恐る見下ろした。
夢から醒めても、手に残っている皮膚の感触。
「彼女を殺したのは」と思った瞬間、私は自分が恐ろしくなり、両方の手のひらを爪でかきむしった。
気が狂ったかのように、何度も何度も手を擦り合わせる。
「あ……あぁっ……」
彼女の首の感触は、爪できつくかいても離れない。