佐川さんは、2人分のお茶を用意している。
彼女の親も一緒に来ているのなら、きっと話は長くなるだろう。
「客が帰ってから相談しよう」と思っていた私は、来客用の茶のみを眺めながらそう問いかけた。
「あ、いえ。一緒にいらしているのは源家のご子息です。お2人はお付き合いされているみたいですよ」
ほがらかに笑う佐川さんは、若い男女の交際をほほえましく思っていたのだろう。
平然を装って「そう」と答える私に軽く頭を下げて、彼女は客間へと向かっていく。
残された私は廊下で立ち尽くしたまま、信じがたい事実を鼻で笑った。
自分の部屋へ戻る前に玄関へ立ち寄ると、そこには可愛らしい靴と見慣れた彼の靴が仲良く並べられている。
彼は、どこまで残酷な男なのだろう。
彼女と一緒に、堂々とこの家に上がるなんて……。
きっと、私の気持ちなど考えてもいないのだろう。
なぜ、私はこんな男を愛してしまったのか。
こんな思いをするとわかっていれば、好きになどならなかったのに……。
靴を見下ろす私は、香水が混じった黒百合の臭いに吐き気を感じた。
きっと、父は2人の話をしてくるだろう。
「聞きたくない」と思った私は、父に相談することをやめた。