黒百合(書籍「恋みち」収録作品)

突然現れた光に、私は驚いて目を丸くする。
いつから、ここにいたのか。
どうやって、家の中へ入ってきたのか。
今まで何の音沙汰もなく、私のことを放ったらかしていたくせに、彼は何もなかったかのように優しく接してくる。
聞きたいことも言ってやりたいこともたくさんあるのに、私の口から零れるのは彼の名前だけ。
私は崩れるようにして、彼の胸の中で涙を流していく。
「オレが愛しているのは麗子さんだけだよ」
この体を強く抱きしめながら、彼は子供を相手にしているような口調でそう囁いてくる。
普段の私なら、そんな言い方は許さない。
泣き崩れるような弱い自分も、彼には見せないだろう。
だけど、今の私はそんなことも考えられないくらい不安の中にいて、彼の温もりを何よりも必要としている。
「その言葉を信じていいのね?」
あの日以来、ここへ来なかったことも、父から聞いた話も、全部、別の理由があったのだと信じていいのね?
「他に好きな人が出来たのか」とか、「もう私のことはどうでもよくなったのか」などと心配をしなくてもいいのよね?
彼の胸に顔を埋めていた私は、指先で涙を拭いながら、そう問いかけていく。
だが、妙なことに、顔を上げると彼の姿はどこにもなかった。
さっきまで私の前にいて、優しく抱きしめてくれていたはずなのに、彼は一体、どこへ行ってしまったのか。