黒百合(書籍「恋みち」収録作品)

吐き気をこらえていた表情が、彼女の目には怒っているように映ったのだろう。
「いえ、喧嘩などしていませんよ。少し体調が悪いだけです」
「そうですか。では、後で薬をお持ちしますね」
普段どおりの自分を見せなければならない。
そう自分に言い聞かせてはいるが、正直、私は感情を抑えることに疲れてきていた。
「……寝れば直るので」と首を横に振る私。
1人になりたかった。
周りを気にせず、泣き叫びたい気持ちだった。
自分の部屋に戻った私は、電気もつけず、閉めたドアにもたれていく。
人の目を気にしなくなった途端、こらえていた涙がどんどん溢れてくる。
いつから、私は人前で感情を出さなくなったのだろう。
声を出して泣こうとしても、息が荒々しくなるだけで、大声なんか出せない。
子供に戻って泣くことができれば、どんなにすっきりするだろう。
思い出すのは、光が見せた様々な表情。
心地よかった彼の体温が、私の名を呼ぶあの声が、次々と頭の中でよみがえり、私はひざを曲げてその場に座り込んだ。
「もう……待たない」
濡れてぐちゃぐちゃになった顔を両手で覆い、鼻水をすすりながらつぶやく。