俺のペアの相手は学籍番号025番のやつだ。他の奴らはちらほらと知り合い同士だったと判明したり、友達の友達だったとわかったり、相方を実験の日より前に認識していたが、俺の場合さっぱりだった。まあ、こういうのはくじ運だし、誰が相手でも仕方が無いだろうと考えて、そこから探そうとはしてない。

その日の昼休みは寮の仲間から連絡があって、桜がよく見える教室から飯を食おうって誘われた。普段は来ない教室でなんだか新鮮味がある。授業はとっくに終わっていてもう誰もいないと思っていたのに、学生がひとり教室から出てきた。なぜだかそいつの何かが気になって、階段を降りる姿を暫く目で追っていた。

「森田?なんかあった?」

一ノ瀬に教室の中から呼びかけられた。夢から覚めるように意識が浮上した俺は教室に入ってその景色の見事さに驚いた2階にあるこの教室はちょうどキャンパスの桜並木通りに面している。そして、この時期の桜は満開で窓の外には触れるほど近くにピンクのカーテンが風にそよいでいる。

「枝垂れ桜?」
「だな。」

そうひとこと答えた瀬戸も俺と一緒でその幻想的な景色に見惚れている。

「ライトアップしてくれたら夜に花見酒ができるのにな。」

と飲兵衛らしい感想を漏らしたのは一ノ瀬で、それに「夜はさみーよ」と笑いながら突っ込んだのは立花だ。いつも通り騒がしく雑談しながら昼飯を食う。腹がいっぱいになると眠くなるのはもう習慣で、俺は机に突っ伏し、暫く横を向いて風に流れていく花びらを目で追っていたが、そのうち夢の中へ落ちて行った。

瀬戸が起こしてくれたお陰で実験の授業には間に合った。一ノ瀬は同んなじ実験室のくせに俺を置いて行きやがった。
「だあって森田寝てたじゃあん」
一ノ瀬が悪びれずに笑うので、起こしてくれたっていいだろ、と文句を言う声は冗談のように明るくなった。まだ教科書を一切開いていないのですぐに席について始めから目を通すことにした。

うーん…なにがなんやら…

読み進めて行くと操作手順のところでわけがわからなくなった。測定機器の部品の名前やらモードがなんやら、羅列されている単語が聞いたことの無いもので、いちいち機器の解説ページに戻って確認しなければならない。読むのに時間かかるな、と思っていると名前を呼ばれた。
「はい」
名前を呼ばれたら返事をしましょうなんていう条件反射のおかげで出席点呼に気づいた。いつの間にか授業が始まっていたらしく、ペアのやつが隣に座っている。
ん?このジャケット…?
俺が気になったのはペアのやつが着ているカーキのジャケットで暖かそうなファーが付いている。

これは…これは…!
サイコでコウが着てたモデルにめっちゃ似てる!かっけぇ!

サイコとは今やっている深夜アニメの名前で、俺の今期イチオシだ。録画して毎週見ている。その主人公のコウがちょうどこんな細身のジャケットを着ている。

あ、この人、さっき教室から出てきた人だ。

さっき花見ご飯をした教室にいたやつで、そのとき何かに気を取られていたのはこのジャケットだったのかもしれない。同じ学科の人だったのか。なんて偶然。

というか!何これめっちゃカッコイイんですけど!でもイキナリ「それどこで買ったの?」とか聞けねえ〜!

しかも点呼の時にペアの名前を聞き逃した。なんて呼びかければいいかも分からない。俺から名乗れば教えてくれるかもしれない。前で先生が説明しているのもそっちのけでアニメの再現率の高さに感動したり、何処かにサイコのロゴがないか探したりして結構ジロジロ見てしまっていた。実験開始の合図で先手必勝とばかりに名乗りを上げる。

「森田です!よろしく!」
「あ、よろしく、です…宇野です…」

引かれた!なんかテンション上げて行ったら引かれた、気がする…!

宇野と名乗ったこの洒落た男は机の上に視線を落とし、小さく会釈したきり動かない。もうジャケットのことを聞くような雰囲気でもないので実験を始めることにした。