森田直哉です。
電話番号は080-XXX〜
実験のペアよろしく!
宇野は家に帰ってベットに寝転がり、森田からのメールを見返していた。
「実験のペアよろしく」?
実験のペアでよろしくするのは今回限りのはずだ。それともまた自分がなにか勘違いしているのかもしれない。オリエンテーションの資料を見返せば何か分かるだろうか。でも、今日は実験の初回で疲れたし、今はこうやって横になって休憩していたい。森田…せっかく森田のメアドがあるのだから、返信して直接聞いてみようか…
宇野はかれこれ20分ほどごろごろと寝返りをうちながらメールを眺め続けていた。
そう言えば、森田は別れ際にも「これからよろしく」と言っていた。条件反射ででよろしくと返していたが、やはりこのペアは固定なのだろうか?プリントを見れば分かるけど、今なら携帯を手にしていつでも森田に返信できるし、メールで聞いてみてしまおうか。でも、自分で確認しろよ、とかオリエンテーション聞いてなかったのかこいつ、とか思われたらどうしよう…
宇野はペアが固定だったらいいな、と思い始めていた。森田なら実験の手際も悪くなかったし、かといって一人で作業をどんどん進めてしまうタイプにも見えなかった。あと、もしかしたら過去レポのデータを貰えるかもしれないし。それに……
ーー「友達」にしてもらえるかも…
宇野の口角が少し引きつったように上がった。自分でも気持ち悪いと思う。友達ができるかもしれなくてニヤけるなんて。森田の多そうな交流関係のひとりになったらどうだろう。きっと他の森田の友達とも仲良くなったような気分にだけはなれるんじゃないか。新しい友達ができそうな時の高揚感が久しぶりすぎる感覚で、どうしていいか分からずジタバタと布団の中で足と腕を動かし、ピタと止めた。
やっぱりひとりが寂しいんだろうか、おれは。
宇野はだんだん冷静になってきて、ベットから起き上がった。帰ってから着っぱなしだったジャケットを脱ぎ、カーテンを閉めてからすっかり暗くなった室内の明かりをつける。冷蔵庫からペットボトルを取り出し冷たいお茶を喉に通すと、また自分の心の内を内省しはじめた。
そもそも大学入学以前は「普通」に友達がいた。中高一貫の私立に通ってその6年間で仲間は沢山できたし、親友と呼べる奴も、いる。1度目の大学受験で第一志望に落ち、浪人生活が始まった。予備校に通っていたときも同じ授業を受ける者同士、「戦友」がいたし、今でも時たま地元で会う。そんなごく「普通」の宇野が、友達がこの1年間出来なかったのは何か大きな心の傷があるわけでもなく、なんとなく、だった。
結局第一志望の大学には合格できず、1つランクが下のこの大学に入学したときには、それなりに希望というものを胸に抱いていた。「大学」というモノトリアム期間の最たる時代を、自分の好きに自由に生きよう、と思い馳せていた。しかし、蓋を開けてみれば必修科目が時間割にぎゅうぎゅうに詰まり、高校時代となんら変わらず定期試験があり、さらにレポート、課題、小テスト…正直、第二志望の大学だと舐めてかかっていた宇野は自分のレベルを過大評価していたと考えを改めた。さらに初めての一人暮らしは不器用な宇野には難しすぎた。最初のうちは毎日料理と洗濯と掃除とゴミ出し…などなど目まぐるしく過ぎて行った。今では「頑張り過ぎない」ことが大事だと理解し始めているが、1年前は全部完璧にこなさなければならないと意地になっていた気がする。
そういうわけで、宇野の新生活は忙しすぎて、サークルやアルバイトにまで及ばなかった。サークル棟には演劇部を見学したっきり行っていないし、アルバイトは親が、金の心配はしなくていいからしっかり勉強しなさい、と言ってさせなかった。だからもっぱら、宇野の生活は大学と自宅の行き来のみで、かといって勉強だけではなくネットサーフィンやテレビを楽しむ無駄な時間も十分にあるのである。
ツイッターを始めたらその楽しみの時間は伸びていった。ネットの向こうには自分とは違う考え方をしている人が沢山いるし、それをひとつひとつ検証して自分ならどう思うか考えるのは楽しかった。単純に面白いネタも流れてくるし、大学のサークルの公式アカウントから辿って学生も何人かフォローしている。自分の好きなアニメや漫画のアカウントをフォローして感想を呟いたりリツイートしたりした。フォロワーはそんなに多くはないが、高校、予備校時代の友達やツイッター上だけの友達もいて、誰かと「繋がっている」気になれる。
ツイッターがなかったらもっと寂しい思いをしてたかもしれないな、と宇野は自分が寂しい人間であると改めて認識した。冷静になって考えてみたら、森田と友達になれるなんてよく考えついたものだ。自分はもう既にツイッターしかコミュニティを持ってないクズだし、こっちが森田と友達になりたいと思っても、向こうには自分と友達になる動機がないんだ。現実はただ毎週の実験で会う程度の関係に落ち着くに違いない。
宇野の出す結論は大抵消極的で、そのことすら宇野の心を沈ませた。
