スタミナ丼を食べ終わった後も、食堂を出て春風に吹かれる気にはなんとなくなれず、そのままスマホをいじって過ごしていた。気づいたら午後の授業が始まる時間の5分前で、慌てて席を立ち上がりスマホをズボンの後ろポケットに差し込むと、食器で混み合った返却口に盆ごとどんぶりを突っ込んだ。

午後はいよいよ実験の授業で、いつもの講義とは違う西キャンパスの実験棟に行かなければならない。今は東と西のキャンパスを分ける細い道路を渡ってるところだ。走れば間に合うかもしれない。周りにもちらほらと次の教室へと急ぐ姿が見られるけど、こちらのイチョウ並木の人通りは少ない。駆け足になると肩掛けバックが上下左右縦横無尽に揺れて走りにくい。左腕で抱えながら走るとキーホルダーがカチャカチャ鳴ってうるさい。それも片腕で押さえつつ実験棟に時間内に滑り込んだはいいが、教室がどこだかわからない。目の前の教室へ知った顔が入って行ったので付いていくと自分の実験班の教室ではなかった。急いでオリエンテーションで貰ったプリントをカバンから引っ張り出し正しい教室を確認してから入るとちょうど自分の出席の点呼がされた時だった。

「は、はいっ!」
「宇野さん?」

せいぜい20人ほどが入った教室の真ん中で点呼をとっていた痩せ型のTA(ティーチングアシスタント)が実験室の入り口に立った宇野のほうを振り向いた。

「はい…」

何人か知らない顔がこっちを見ているのを感じる。そういえばこの実験の授業はクラスとは違う班わけをしているんだった。どうりで同じクラスのやつに付いていったのに教室が違うわけだ。しかもペア実験だ。クラスも違う人と2コマも一緒なんて…

TAに指示された机を見ると、当たり前だけど既に同じペアの人が隣の席に座っている。宇野はこれ以上目立たないようにそそくさとそのひとつ空いた席に座った。

「…っと、次は…モリタナオヤさん」
「はい」

呼ばれて顔を上げたのはその同じペアの人だった。体育会系の部活にでも入っているのかジャージにジャンパーを着ていた。返事を済ますとまた顔を下ろして熱心に実験の教科書を読んでいる。宇野は走り回って乱れた呼吸を整えつつ肩から下ろしたカバンから教科書、ノート、筆記用具を取り出して机に並べた。

点呼が終わり、教授が実験の概要と実験室に所狭しと置かれた機器の扱い方を説明をしている間、他のペアと同じようにモリタと宇野は言葉を交わさず静かにしていた。丁寧な説明が終わり、教授の合図で実験が始まると直ぐにモリタが話しかけてきた。

「森田です。よろしく。」
「あ…よろしく、です…宇野です」

いきなり話しかけられたことに驚いたが、もごもごとなんとか挨拶を返した。周りのペアは既によろしくの儀式を終えたのか、ワイワイと騒がしく実験の準備に取り掛かっている。

「俺さ〜ぜんっぜん予習してきてないんだよね…足引っ張ったらごめんな。」

森田は本当に申し訳なさそうに眉を寄せて、黄緑の薄い実験書をパラパラとめくっている。宇野は頭の中でこれからの実験の内容をさらった。初回だし、実験の最中に大変なのは機器の操作に慣れることだけだろうと判断して、この相方に予備知識がなくても問題はないと判断した。

「あ、大丈夫…だと思う…」
「まじで?頼りになるわ〜」

どうやらこのちょっと軽めの喋り方をする男は「大丈夫」の意味を「足を引っ張られても何とかするから大丈夫」ととったらしい。自分もそこまで自信があるとは言えない宇野は、もしかして操作全部押し付けられるかも…と心配になった。