「優香(ゆうか)!
もう5時だよ?さ、帰ろ!ね、ルミネ行かない?バーゲン始まったんだよ!
私、気になるパンプスがあるんだ!安くなってるかも!」


同期で親友の原弥生(はらやよい)はいつも元気。

電算システム課は仕事がキリよく終わらないというのが社内の定説なのに、弥生は抜け出すのが実に上手い。

歌手の早変わりのように着替えを済ませると、営業マーケティング課にいる私のところへ飛んでくる。


「うん…付き合ってあげたいけど…ねえ」

私は眉を顰めた。
デスクの上はもう片付けた。目の前のノートパソコンも平べったい新種の貝みたいに眠ってる。
でも、帰れないの。


「ど、どうしたの?お腹痛いの?嫌なことがあった?まさか会社、辞めないよね?」


弥生が隣の坂田さんの空いた椅子に座り、私の顔を覗き込んできた。


「そんなんじゃないの….実は桜井先輩に呼び出しされちゃった」


こんなの慣れてないから、私の顔はうっすら赤くなってたと思う。


「呼び出し?あー!」


弥生は大きく頷いた。

「こないだの飲み会で告白されたんだよね?まだ返事してなかったんだ!いいじゃん、桜井先輩、なんか桐谷健太に似てない?
どうせ優香彼氏いないんだし、とりあえず付き合っちゃえば?」


桐谷…は?どこが。
他人事だと思って無責任な。

ぐいぐいニコニコきゃっきゃとはしゃぐ弥生と別れ、私は桜井先輩がラインで指定してきた午後6時、社屋の屋上へと向かった。

5階までエレベーター。その先は階段。屋上は高いフェンスがぐるりと張り巡らされている。
たまに喫煙者がこっそりと煙草を吸いにくるくらいでひと気のない場所。

まだ5分前だった。


はあ…とため息ひとつ。
こういうの苦手だ。気が重い。
なんでラインの段階できっぱりお断りしなかったんだろ。馬鹿だな。


それにしても…綺麗な夕焼けだ。
吸い込まれそうな朱色にまだ少し水色が残っている雲。

桜井先輩は仕事出来るし、私も何回かミスを救ってもらった。かっこいいし、良いと思うけど、なんで私?社内にもっと綺麗な人いるし。

それに私あの体育系な感じというか男臭い感じが少し苦手なのよね
。あと…


後ろで鉄の扉が閉まる音がした。