いとしいあなたに幸福を

余りの落ち込みぶりに居た堪れなくなった愛梨が恐る恐る声を掛けると、陽司はゆらりと緩慢な動きで立ち上がった。

そして、再び溜め息をつきながら首を振る。

「いや…いいんだ。多分周様はね、本当はご結婚なんてされたくないんだよ」

「………」

先程、ふと周が口にした――

相手は自分がいないほうが機嫌が良い、という言葉を思い出した。

「十五で五つも歳上の令嬢と結婚して早く跡継ぎを作れ、だなんて話いくら何でも酷だ。それは俺だって解ってる。同じことを強いられたら、誰でも逃げたくなるさ」

周様はそれでも厘様の望む通りに働いているよ、と陽司は独白のように呟いた。

そう、周は普段逃げ回っていたとしても、大切な場面では決して相手に失礼なことや厘に恥を欠かせるような言動は取らない。

誰に対してもそうして気を遣っているのに、極力それを他人に気付かれないよう努めている。

「でも…最近の周様は、余り笑わないんだ。愛ちゃんといるときはそうでもないみたいだけど」

「…わたし、ですか?」

陽司は愛梨をじっと見据えると、少し困ったような表情で溜め息をついた。

「もしかしたら周様は……いいや、何でもない。仕事の邪魔をしてしまって悪かったね」

「…?いえ、陽司さんこそお疲れ様です」

途中で切られた言葉の先が少々気になったが、陽司が既に立ち去ろうと歩き出していたため引き留めなかった。

――そして陽司を見送って食器の整理に戻ろうとすると、入れ替わりに別の人影が厨房に現れた。

その珍しい訪問者に、愛梨は少し狼狽した。