いとしいあなたに幸福を

「――愛ちゃん」

京の部屋を掃除していた愛梨は、背後から名を呼ばれて振り向いた。

「あら、陽司さん。こちらに来られるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」

赤金色の髪の青年の姿を認めて、その傍へと駆け寄る。

陽司は鳶色の眼を細めると、こちらに柔らかく微笑んだ。

「そうだね。今日はちょっと君と話がしたくて、足を運んでみたんだよ」

「わたし、と?」

廊下で偶然鉢合わせて雑談をする程度なら何度かあったが、陽司がわざわざ愛梨を訪ねてくるなんて本当に珍しい。

「愛ちゃん、お仕事は大変かい?最近京様も随分大きくなってきたし」

「そうですね…大変じゃないとは言えませんけど、それ以上にとても楽しいですよ」

「そう、か。俺が周様のお傍に仕えたのも、あの方が京様と同じくらいの歳頃だったから何となく解るよ」

「まあ、そんなに小さな頃から?」

陽司は周の傍に仕えて長いとは聞いていたが、それならちょうど愛梨が生まれた頃から二人は一緒にいることになる。

「うん…俺はね、三つのとき親に捨てられたんだ。それで孤児院に預けられたんだけど、人間不信で乱暴者だったから、誰とも仲良くなれなかった」

「え…っ」

そんな話、今の穏やかな陽司からは想像もつかない。

「六つになった頃、厘様に連れられた周様がやってきてね。何故かあの方は俺や美月のような、偏屈で手の掛かりそうな子供にばかり声を掛けてきたんだ。俺たちが寂しそうにしているのを、見透かしていたのかな」

聞けば周はそのときに“お前が仲良くなりたいと思う子に話し掛けなさい”と言われていたらしい。