いとしいあなたに幸福を

「周がいなくなった…?」

周の夕食の給仕係からそう報告された悠梨は、軽く頭を押さえて溜め息を落とした。

「…またか、あいつ」

――あれ以来、調子を取り戻してゆくかと思われた周だったが、そう上手く事は運ばなかった。

暫く養生が必要と医師に診断された周は、そのまま陽司ら部下たちに摂政を任せている。

医師曰く身体的な問題というより、精神的な面を考慮してのことらしい。

その周が、昼間は自室や邸の庭にいることが多いのだが、夜になるとふらりと邸から抜け出してしまうのだ。

姿を見掛けた者から話を聞けば、何をする訳でもなく街中を歩き回っているだけのようだが――

厘が領主だった頃は安定していた街の治安は、ここ数ヶ月の間でかなり悪化し始めている。

陽司たちも手を尽くしてはいるのだが、なかなか収束は見られない。

やはり代行では限界がある、という声は住民だけでなく部下たち当人からも漏れた。

その領主を本来継ぐべき人間が、夜の市街地を徘徊しているという現状は、様々な不安材料の元となった。

嘗(かつ)て厘の治世によって住民から得た信頼は、そのことでがた落ちとなり。

他国からも春雷との国交が不安視され始めている。

そもそも周が領主としての責務を負わないのは、体調不良による療養のためだと公表しているのに、街をふらつく周の姿を見掛けた者は更なる不信感を募らせている。

また、治安の悪くなった夜の街に出掛ける周の身にもしものことがあったらと思うと、邸の者たちは気が気ではなかった。

其処で、周を探し出して連れ戻すのは悠梨の役目となっていた。

「全く…毎度毎度、仕方ないな」