トイレの鏡の前に立ち、両頬をパチパチ叩く。

 笑いましょう、桜さん。 休んだ分、今日は絶対に売り上げましょう、桜さん。 がんばれ、桜!!

 気合を入れ直しトイレを出る。

 お店に戻ろうとした時、スタッフ用出入口の前で店内の様子を眺めている修くんと美人秘書の姿が見えて、なんとなく戻るに戻れなくなってしまった。

 更に、隠れる必要なんてないのに、何故か反射的に身を潜めてしまった。

 そして、悪趣味にも盗み聞きを試みる。

 所々しか聞き取れないが、『集客、もっと増やしたいなぁ』と言う修くんに『じゃあ、店内に音楽でもかけてみれば??』と美人秘書が最近流行っているらしいバンドの曲を流そうと言いながら笑っていた。

 そんな美人秘書に修くんが『あの曲は良いとは思うけど、全然店に合ってないっしょ』と笑い返していた。

 ワタシは、2人が話しているバンドの歌を知らない。

 洋楽が好きで、洋楽ばかり聴いているから。

 修くんはワタシと一緒にいる時は、ワタシに気を遣ってか洋楽しか聴かなかった。

 ホントは美人秘書が話す様な、邦楽のロックバンドが好きなのかもしれない。

 気合を入れ直したはずなのに、余計にテンションが下がってしまった。

 『シゴトをサボった罰が当たったのかな』と溜息を吐き、2人が立ち去るのを待って、店内に戻った。