森野が聞きたい事を、真崎も分かっている。
だが、聞かれたくないのも本音だ。

「どうにも、ならないんだよ。」

「・・・そっか。」

「世の中、うまくいかないことだらけだね。」

「そうだね。当たり前が、何か分からないよ。 」

二人は己の血筋を呪うことしか出来ない。
森野は真崎のその言葉だけですべてを理解することができたし、彼も同じようなものだった。真崎のことは確かに嫌いではないが、結婚を考えたことというより、女性として見たことはほとんどなかったのだ。
同じような燕尾服を着て、激しい音を思うままに紡いでいく嵐のようなピアニストだと、それぐらいにしか思っていなかった。
二人は同じ表現を好んでいたから、合わせやすいとは思っていたが。

「君で良かったと思うべきなのか、真崎の家に産まれた事を恨めば良いのか、正直わからない。」

真崎は歩みを止め、空を仰いで、遠い人を想う。

「でも、これって誰も幸せになれないよね。」

黙って聞いている森野は、彼女に同意するように空を仰いだ。
眩しい太陽は少しずつ秋の色を帯びて行き、蝉の声も随分と少なくなってきている。大きく育った入道雲も、あと何回見られるのだろう。
久しぶりに戻ってきた日本の湿気が纏わりつくのは不快だったが、それでも生まれ育ったというだけで感慨深いものもある。