残された紺野は、掴まれることの無かった手を握り締めた。
どうして彼女は何も言わずに、何の相談もなしに行ってしまったのか。彼には皆目見当もつかない。
ここにいたいと言った恋人の願いすら、叶えてやれない自分が悔しかった。

「あいつは、望んでない。」

突然かけられた言葉に驚きもせず、聞き慣れた友人の声に、少しだけ安堵した。
水瀬の言葉に、別れ際に触れた真崎の冷たい手を思い出す。

「ああ。」

やっと二人でつかみかけた小さな幸せは、あっという間に崩れていった。
最悪の形で対面した彼女の母親にだって、いつかは挨拶に行こうと思っていたのに。

「お前にあの母親から、玲を取り戻す覚悟があるなら・・・。」


「そんなもの、決まっている。」


言葉の途中で即答した紺野に驚きながらも笑い、水瀬は携帯で飛行機を手配した。
その行動に紺野も驚いて、目を見開いてしまう。

「水瀬、お前は・・・」

巻き込んでしまうのは申し訳ないと、続けようとした言葉を遮り、水瀬は少し照れくさいのを隠すように鼻で笑った。

「ふん。俺だって、玲のあんな顔見たくねーんだよ。」

男女の恋愛感情とはもっと別の、家族のような存在。
それはお互いに家族愛に恵まれなかった傷の舐めあいなのかもしれないが、それでも互いを大切に思う気持ちは変わらない。

水瀬は真崎のために頼れる兄貴分でいたい。
真崎は水瀬を癒す存在でいたい。

利害関係に当てはまらないのだと言うのなら、きっと家族愛だろうと、水瀬は思う。
初めて出会った時からずっと、水瀬は何故か放っておけない真崎の世話を焼き続け、真崎は水瀬のために、彼が好きだと言ってくれたピアノを弾いてきた。

それだけで十分なのだ。
今までも、これからも。

「恩にきる。」

「礼を言われる筋合いはないね。」

何度だって、彼女の涙が止まるなら。