母をにらむ彼女の左頬は赤くはれ上がり、叩かれた威力を物語っていた。
高圧的な母の態度にも臆さずに、付き合っていると、関係があるのだと。
そう言ってくれた紺野を傷付ける真似は許せない。

肉付きの悪い肩を怒らせながら、必死で抵抗している真崎が痛々しい。

「いたっ!!」

「彼女を、放してください。」

腕を捻りあげられて苦痛の表情を見せた真崎を、これ以上母親の好きにはさせておけない。

「玲さん。貴女には分かっているでしょう。」

意地悪く笑った母親に、何かを耳打ちされた彼女は途端に脱力した。
眼の力は失せて、さっきとは別人のようになってしまい、紺野はつかまれていない方の手を取って引き寄せる。

「大丈夫か。」

優しく触れた手は冷たく、きつく握りしめていたせいで真っ白だった。

「・・・ごめん。」

俯いた真崎の足もとに、水滴の染みがいくつも出来ては消えていく。

震える肩を今すぐに抱きしめてやりたいのに。
紺野はもどかしい気持ちで眉を顰め、真崎の母をまっすぐ見つめた。

「玲は連れて帰ります。」

「それは、彼女の意思ですか。」

「真崎家の決定です。」

「私は納得がいきません。彼女は・・」



「ごめん、光博。」



紺野の言葉を遮ったのは、力なく呟いた真崎の一言だった。
握った手は冷たいままだったが、ゆっくりと離れて行ってしまう。

「玲。」

「ごめん。」

真崎は理由も話さずに、泣きながら謝ってばかり。


「行くな。」


顔を上げない真崎の足もとには、どんどん涙の染みが出来ていく。
無言で手を引いて歩きだした真崎の母親を止めることもできず、紺野は呆然としてしまう。


「さよなら。」


何が起こっているのだろうかと、誰かに問いたかった。