寸分の隙もなく結われた髪に、女性らしい緩やかな頬のライン。
濃いめの化粧だが、けしてくどくはない。

テーブルに置かれたグラスはだいぶ汗をかいていて、二人の間に流れた時間の長さを教えてくれた。

「貴方が紺野光博さんですね。」

立ち上がった和装の女性は、顔も雰囲気も真崎には似ていなかった。
しかし。

「玲の母です。」

厳しい声音と顔からは、とても二人が親子には見えない。

「はじめまして。玲さんとお付き合いをさせてもらっています。紺野です。」

「貴方の事は知っています。」

挨拶をして名乗るのが礼儀だと思い、とっさに頭を下げた。
冷静なのはもともとだが、真崎の表情がどうしても気になってしまう。

「では、玲さん。行きますよ。」

真崎は、母の呼びかけに俯いたまま拳を震わせて動かない。

「どちらへですか?」

「貴方には関係のないことです。玲がお世話になったそうで、ありがとうございました。」

いぶかしんだのを顔に出さずに聞けば、厳しい顔で撥ね退けられる。
どこに連れて行くというのだろう。

紺野は真崎の目を見たかったのだが、彼女は合わせようともしない。
何があって、どこに行くというのか。

「玲さん!」

うつむいたまま動かない真崎に、苛立ちを隠そうとしない母の檄が飛ぶ。

「私は・・・私は行きません!!」

パシンと、乾いた音が耳元で鳴る。
真崎は頬に鋭い痛みが走って、すぐに母に平手で殴られたことを理解した。
睨みつければ腕を取られ、意外に強い力で無理やりに引きずられてしまう。

「行かないと言っているでしょう!!」

「おだまりなさい!」

「玲!」

掴まれた腕を力いっぱい振りほどいて、真崎は泣きそうな顔で紺野を見上げる。