やがて紺野が帰宅した。

彼がシャワーを浴びた後、二人で夕食を食べるのが習慣になっている。
真崎の料理はいたって普通で、特別おいしいともまずいとも思わないような平凡なものだったが、紺野は彼女の作る味噌汁が好きだった。
毎日献立を考えるのは大変なようだったが、それでもきちんとバランスを考えているようでそれがまた嬉しくもある。


「あのね、光博。」

「何だ?」


なかなか思った事を言い出さないのは、今に始まったことではない。
普段しているコンタクトレンズを外し、眼鏡の奥から切れ長の瞳をのぞかせ、紺野が真崎を見つめる。


「明日ね、カフェでピアノを弾かせてもらうことになったんだ。」


眉間にしわが寄ってしまったのだろう。真崎は困ったような顔をして、ごめんねと小さく呟いた。


「そうか。」

「うん。勝手に決めてごめんね。」

「ああ。」


答えもぞんざいになってしまうが、それがますます真崎を追い詰めていく。
しかし、泣きそうになりながらも自分の意思を貫き通したいと、まっすぐに紺野の目を見つめてくる彼女の瞳は、ひるまない。


「遅くなるようなら、迎えに行く。」


相談ぐらいはして欲しかったが、反対されると分かってしなかったのだろう。
紺野はそう思うことで溜飲を下げた。もしここで色々言ってしまえば、隠しごとをされるかもしれない。

バイトに行くことよりも、隠しごとをされることの方がずっと悲しいのだ。