フラれた腹いせに、こんなことをするなんて。


「おい! 聞こえてんのか、麻子を離すんだ!!」


 また一歩、正幸がこっちに近付いてくる。

 だが、男はまた、ナイフを麻子に突き付けて。


「来るんじゃねぇよ…誰だよお前…」

「ダメよ正幸、この人、普通の状態じゃない…」


 せめて、この首を締め付けている手をもう少し緩めてくれれば。

 正幸に、もっと声が届くのに。

 これ以上近づいたら、正幸だって危ない。

 そう思った時、遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてくる。


「ちょっと、苦し…」

「あいつの彼女なのか?」


 男はそう聞いてきた。

 彼女じゃないし、答える義理もない。

 そんな事を言ったところで、この男には通用しない。


「リエ…」


 男は小さく呟いた。

 女々しいと思ったが、麻子にはそれが何処か可笑しくもあった。

 じゃあ、あたしは女々しくないんだろうか?

 いつまでも女々しく、昔の男の面影を追ってボケッと歩いて、しまいにはこんな通り魔に捕まって。

 もう、最悪だ。

 今まで生きてきた中で、史上最悪のクリスマスだ。

 麻子は、ぼやける視界に映る正幸の姿を見つめた。

 パトカーが何台もショッピングモールの前に停まり、警察官たちが続々とこの場に入ってくる。


「下がってください!」


 警察官が正幸に言っている。


「下がれるかよ! 大事なヤツなんだよ!!」


 一気に騒がしくなった現場でも、正幸が警察官にそう言っているのが、確かに聞こえた。

 大人しく武器を捨てなさい、と、スピーカーから聞こえてくる声。

 周りを取り囲む警察官たちは、徐々にその包囲網を狭めてくる。

 そんな中、正幸が何故か警察官に腕を掴まれていて。

 こっちに近寄ろうとしているのを、警察官に止められているらしい。

 麻子は、クスッと笑う。

 そうだ。

 正幸の姿が見えるだけで、こんなに安心する。

 あたしの為に、必死になって。

 あんな姿、初めて見た。

 男は、だんだん近付いてくる警察官たちに怯んだのか、麻子を引きずるようにして立ち上がる。

 これ見よがしに、麻子の首もとにナイフを突き付けて。


「来るんじゃねぇ!!」


 本当に。

 映画みたいだ。

 麻子は、目を閉じて呼吸を整える。