車の中に、運転手と俺の二人きり。
とくに喋ることもないし、暇だから窓の外を見ていた。
すると、車は繁華街に突入する。
待ち合わせの店への近道なんだろうな、きっと。
でも、こんなとこ近道でも通りたくない。
母親の事を思い出すし、それに───…
「…………!」
俺は見知った背中が見えたため、窓に手を張り付けた。
そして、運転手に言う。
「止めろ。」
「ですが、お見合いに遅れてしまいます。
先方は時間にうるさい方で…」
「いいから止めろっつってんだろ。」
「…かしこまりました。」
車が止まると、俺は急いで降りた。
運転手が車を止めなかったせいで、かなり先まで走ってきてしまったようだ。
(なんで……)
なんであの人がここにいたか、というよりも、なんで考えていた人がそこにいるのかが不思議でたまらなかった。
(あぁもう、動きづれぇんだよこの服!)
スーツにいちゃもんをつけながら早歩きでさっきの場所に戻る俺。
ようやくたどり着いても、その場所に彼女はいなかった。
「どこ、行ったんだよ…」
俺はなんで探してるのか。
自分でも、全くわからない。
ただ、身体が勝手に動くんだ。
辺りを見回すと、すぐ目の前の細い路地に、いつもの顔を崩した先輩が立っていた。
すまし顔をゆがめている先輩の頬には、ナイフがピトリと寄り添っている。
脅されてるのか、殺されようとしているのか。
その他諸々を考える前に、足が動いた。
同時に口も動く。


